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BCな日々のメモ

中年にさしかかったところで若年性乳がん。 Breast Cancerな日々のメモ。

しこり発見から告知まで6

告知

告知翌日、年末恒例で家に親族が集まる。
私は話していいものかどうか迷ったが、
乳がん経験のある叔母にだけ、母が話す。
母に相談相手ができてよかった。

クリスマスの予定はキャンセル。
検査をはさんで、年末まで普通に仕事。
結果は1月9日。
仕事中は普通にしていた、つもり。

夜、会社を出ると涙が出た。
親の前ではせめて、なるべく普通にしていたかった。

友達にしろ、会社の人にしろ、病気について話すことを迷った。
私はすごく落ち込んだ時、整理ができないうちに吐き出すタイプではない。
プライドが高いのか、相手の反応をみるのが怖いのか。
しかも、乳がん
なぜ、よりによって。そう思った。
別の場所の癌でも同じことを思うんだろうか。

毎夜ネットで調べた。
検査、ステージ、生存率、手術、化学療法、ホルモン療法...。
闘病ブログを読むと涙が出た。

化学療法をすることについては迷いがなかった。
エコー終了時の説明で、医者から真っ先に化学療法の話が出たので、
そういうもんだと思っていた。

手術は全摘。
これも迷いがなかった。
もともといわゆる貧しい胸なので、胸を切ることに関する抵抗は少なかった。
温存しても、ろくに残らない。
なにより、エコーで小さく写った「なにか」。
気付いてるしこりのほかにも癌があるのかもしれない。
いつだったか、胸ではじけるような感じがしたのを思い出していた。
原発から飛んだのかもしれない。
一般的に進行がゆっくりと言われても、とにかく早く手術がしたかった。

ようやく結果の出る日。2008年1月9日。
もう乳がんであることは変わらないと思って落ち着いていた。
確定したことにショックは受けなかったが、
悪性度3と聞いて、うわ最悪、と思った。
癌が右胸に、確かにある。こんなに元気なのに。

午前半休とったのに思ったよりも早く終わったので、
時間つぶしにスタバでぼんやり。
朝ご飯食べたばかりだけど、フレンチトーストを食べた。
なんとなくこういう時は甘い物。

その後普通に会社へ行った。